雛人形の意味、由来を詳しく

祝い桃の節句は、生まれたばかりの女の子の健やかな健康と幸せを祈る昔からの風習です。
赤ちゃんの初節句に用意する雛人形は、その子にとってたった一つの「お雛様」。
一生に一つ、買い換えることはありませんので、修理したりお道具などを買い替えたりしながら、
毎年お付き合いしていくものです。
ですから、ぜひ大人になってもお子様が大切にしたくなるような思いを込めて、
良いお人形を見つけてみてください。
そうして選んだお人形を、ずっと飾って楽しんでいただければ、
節句人形に携わるものとして嬉しく思います。
「雛人形について知りたいけど、いきなりお店に行くのはちょっと敷居が高い・・・」
という方のために、いくつか節句人形選びのポイントを紹介したいと思います。

 

当店の人形をご確認いただける紹介サイトは⇒こちらをクリックください

   
雛人形商品一覧

これですっきり!
お客様から寄せられた雛人形の疑問解決の記事一覧

正月飾り、羽子板、破魔弓など二人目、三人目のお子さんに対してはどうする・・・

正月飾り、羽子板、破魔弓など二人目、三人目のお子さんに対してはどうするの? 

お父さんやお母さんの節句人形がまだ大切に保管している、

 

または、上のお姉ちゃん、お兄ちゃんの人形がすでにある、

 

このような場合にどう考えればよいのかというご質問を受ける事が多々ございます。

 

 

暮の羽子板、破魔弓に始まり、雛人形、五月人形、鯉のぼり、鎧、兜など、

 

先ずは身祝いという考え方で節句行事の他に腹帯にはじまり、

 

生まれれば、お七夜、宮参り、お食い初めに始まり誕生餅などから、

 

七五三迄、昔は『7つ前は神の子』と言って、

 

罪も咎められない代わりに一人前扱いされないとされたその間、

 

誕生を祝い無事成長を感謝する行事がたくさん行われています。

 

 

現在でもお子様の誕生を祝い無事成長を願う心は、

変わらずその子のためのお祝い(祈祷)をしてあげるという考え方で行われてきました。

 

神社に行ってお参りをするとお札を頂いて来てお家の中に祀っておきます。

 

一年たったら新しいお札と交換するのがきまりのようです。

 

お節句品も本来お子さんに悪い事がないように願って祀る物(一年更新)を、

お家の中に神様に来てもらって飾りもの(雛人形、五月人形、鎧、兜)にお子様の厄災を身代わりさせ封じ込めてもらうというお祭りです。

 

それから一緒に並べる飾りものに願いを託しています。

 

このような形で続いてきました。

 

 

また羽子板、破魔弓の場合その縁起の力で邪気払いを願う。

 

 

昔からの民間信仰で全国に広まっている世界でも類を見ない日本独特の文化です。
これが決まりですということはできませんが、

 

一人一人のお子様に道具や身代わりを用意してあげられると、

 

本来の意味がつながると考えます。

雛人形七段飾り、十五人飾りパート3雪洞について

雛人形七段飾り、十五人飾りパート3雪洞について

お雛段に雪洞が付いているのは、なぜかという疑問もよく聞きます。

昔の結婚式は、夕方お嫁さんを迎え入れ結婚式が始まるわけですが、

式三献(三三九度)行われたのは、夜の亥の刻(現在の11時ぐらい)になったようで、

灯がないと結婚式はできませんでした。そのため雪洞を(燭台)とセットしています。

雛人形七段飾り、十五人飾りパート2屏風について、

雛人形七段飾り、十五人飾りパート2屏風について、

7段飾りの一番上には、6曲の金屏風が一双ここから始めます。

6曲が2枚で一双といいます。6×2は、12これで12カ月を表します。

この屏風の前に人が特にカップルが、並んで座ると結婚した姿をあらわします。

向かい合っているとお見合いです。

さてこのカップルお雛さまが赤ちゃんの分身ですから、十二単を着た女性は、赤ちゃんの将来の姿。男性は、直衣束帯を着た身分高い男性、(いわゆる三国一の花婿)なのです。

北半球では、北極星が動かない星で、天帝といわれる存在です。そしてその力を後ろ盾に

人間界の為政者が、天子を名乗り民衆を統治してきました。

ですから、天子は、北を背にして、南面を向って、治めるわけです。

そうした時、左手が東、右手が西になります。日の出の東、日の入りの西、これが一日一年という考え方で、一日の拡大版が一年という考え方をした昔の人は、冬至から夏至の日照が長くなる半年間と夏至から冬至の日照が短くなる半年間にわけます。

そうすると二枚の屏風の中央の継ぎ目が夏至となり向かって右側が春夏の陽(日照時間が長くなっていく)の時間、向かって左側が、秋冬の陰(日照時間が短くなっていく)の時間となります。

宮中には、陰陽師で有名になりましたが、陰陽学がありました。

ものごと陰と陽のバランスで考えていく学問なのだと思いますが、そうすると左が陽右が陰になります。

屏風も左から日が昇ってゆく伸びてゆく半年間。右が沈んでいく短くなっていく半年間となるわけです。だからその前に配されるお雛様が陰で右、お内裏様が陽で、左になるわけで、これが、伝統的な考え方です。

雛人形七段飾り、十五人飾りパート1

雛人形七段飾り、十五人飾りパート1

先ず申し上げなければいけないのは、七段十五人飾りが、ひな飾りの完成系の造形美であること。

平安の禊、祓いの文化より発し、様々な時代の変化をへて数も大きさも増えたり減ったりしながら集約し、女児の一生の幸せを願い盛り込んだひな飾りであります。

祖先たちが、宮中にあこがれ垣間見た世界をひな飾りに取り入れると(  由らしむべし知らしむべからず)、為政者の思想や、学問が裏付けされていることに気が付く、調度品の意味、人形頭の並び方等々、なぜどうしてのことが多い。

七段十五人飾りを説明する事が、ひな飾りの意味と、ひな祭りの意味に近づけるように思う。

 

 

雛人形 嫁にいけない

雛人形 嫁にいけない

先ず、そんなはずはありませんが、昔の人たちは、神様を敬っていましたから、

自分の家にお願い事をするために呼び出して、いつまでも引き留めておくことは、失礼なことだと考えたようです。

そこで、言ってみればお雛飾りは、祭壇みたいなもので、早くしまわないと帰れないと考えたようです。

同様の言葉で、褻の日晴れの日というのがあります。お祭りの日(晴れの日)と、普段の日(褻の日)を区別しなさい(けじめを大切にしなさい)。

そこで、娘さんにそういう事を教え聞かせないで(見本を見せないで)育てると、「お嫁に行っても立派ななお母さんになれない子になってしまうよ」、という話を、誰かが嫁に行き遅れるとか行けないなど言う言葉に置き換え、戒めたようです。

雛人形と贈りもの

雛人形と贈りもの

贈りものについて考える時、社会変化を感じます。

品物が行ったり来たり、またお包みのお返しだったり様々な形で贈りもののやり取りがなされてきました。

昔は、贈りものの値段が正確に伝わるようにという贈り物は、しなかったように思う。

半返しなどという言葉もあって、標準的には、いただいたものに対しての目安は、あったと思うが、金額がわかるという部分は、日本的では、なかったように思う。

カタログによっての贈答が商業化し、何事にも利便優先で、相手のために何がいいか考える時間の労力や相手の家まで訪問する労力を省くためにできた産物だからカタログを送って、貴方からもらった物に対してのお返しは、こういう金額だからその中で選んでくださいということになった。

その方が、好きなものを選んで頂けるからという理論で、贈る。

お返し程度の金額で、カタログの中にほしいものなど入っているわけないように思う。

本当は、どんな物でもいくらかもわからないが本人が送ってくれたら方がありがたい気がするのは、少数派でしょうか?

本論のお雛さまを送ることについて、書きます。

お雛さまは、赤ちゃんを口実にした、両家が行き来するための大事なやり取りの一つだったように思います。

昔は、嫁ぎ先の敷居は高く、理由がなければなかなか嫁いだ愛娘に会えない。

また、嫁ぎ先の舅姑を敬うよう教育されていたので、娘の立場を思いやり自分たちも様子を見に行くための贈答の一つだったようにも思う。

そこで、さまざまな行事を用意して、娘さんの不安を気使い贈りものを携えて訪問する機会だったのかなとも思う。

よく嫁方からいろいろなお祝い事の贈り物がなされてきたわけですが、(そのことについてなぜというご質問も多いようですが)実は、そこに娘を思いやるご両親の深い愛情があったのではないかと感じます。

私がこの仕事について、配達業務を行っていた頃ですから30年くらい前にありますが、お届けにあがるといろいろなご家庭がありまして、お届け先のお宅で、さまざまなご説明をして、お客様の気持ちがうまく伝わるようにと苦労したのを思い出します。

現代のように女性がはっきりとものが言える時代、特段、嫁ぐという意識のない時代(もちろんそうでないという方もたくさんおられるとは思いますが)、に於いては、赤ちゃんに対する思い(お祝)という意味に絞られた贈りものなるわけで、どなたがどのように組んで贈られても、よろしいのかと思います。

もちろん昔からのしきたりに準じて、贈答をやられることも日本的ですばらしい秘めた愛情の表現方法だと思います。

でも秘められたもの誰かが伝えてくれないと、なくなってしまうように思う昨今です。奥ゆかしいお祖父さんお祖母さん少し沈黙は金だけでなく、ご自身の思いやごじしんのちs説明をお話をしてあげてください。

ひな人形は、何歳まで飾るのでしょうか

ひな人形は、何歳まで飾るのでしょうか

理想を言えば、その命の誕生とともに身代わりを果たすための物として、用意して頂いたわけですから、ずっと毎年飾っていただきたいと思います。身祝い(そのお子様一人のために行うお祝)のため飾っていただけたらいいなと思います。

本来「祝いとは」不吉なものを避け 、吉事を招くことを表すことばで、年齢は、あまり関係ないと言えると思います。

ただお雛文化に予祝の考え方が加わり、幸せな結婚式の姿を表現した飾りを使っている現代、実際に幸せな結婚式ができた時点を一つの区切りと考えることも良いのではないかと考えます。

雛人形 レンタル

雛人形 レンタル

これは、ひな人形の意味が全く分かっていない業者が行っているのかもしれないが、一般には、季節感を出すためにお雛段が飾りたいという企業向けに行われている。

これは、お雛様のレンタルでは、なく唯の飾り物としての人形のレンタルということです。

お雛さまが、「人がた」であり、赤ちゃんの分身であり、身代わりであること、そして、目には見えないが、お子様のために将来の幸せを託され、厄災を代わって受けてきたお人形は、普通の品物とは、違っていると思う。

だからあまりよく意味は、分からないと言いながら、供養しないと捨てらえないといわれているわけです。

日本人の心の中にある信仰心は、お雛さまをただの物体としては、見ていないわけで厄災を代わってもらったお人形は、ただのゴミとしては捨てられないような物である。

ましてその思いや厄災をレンタルで引き継ごうという人は、考えにくいように思います。

ひな人形 右大臣と左大臣

ひな人形 右大臣と左大臣

ひな祭りの歌にもあります右大臣ですが、お雛段の中の位置7段飾りの中段4段目に配置されています。年功序列が当然の時代背景老人が官位の高い席に座っているのが自然。左尊右卑が宮中の冠位順序なので、向かって右の席が位の高い席になります。また、人形界で伝わってきた装束を考えると武官の衣装である事、お顔の口開きが向かって右側、口結びが向かって左側など、いろいろな事を考え合わすと、どうやら、右大臣左大臣ではなく、仁王様などと同じように神社仏閣の入り口で、悪いものを寄せ付けないように配置された、随身門が本当であるようです。お雛さまをお守りするために随身門にあやかろうとしたというのが無理がない解釈のように思います。。

日光~鎌倉の旅♪: 隋臣(ずいじん・ずいしん)

隋臣(ずいじん・ずいしん)

隋臣(ずいじん・ずいしん)
一般には、右大臣・左大臣とも呼ぶが実際には衛仕であり、武官。

雛人形と六曜

雛人形と六曜

お雛様の配達日や、飾り始めの日を気になさるお客様は、意外に多いようです。

もちろん縁起ものだから気にする。

贈りものだから気にする。

日本人の美徳、相手の事を気遣う精神に於いて、相手が気を悪くするかもしれないから、自分もちょっと気になるから、そういう方たちは、是非気にしてあげてください。

せっかくの贈りものですから。

でも、もともと上巳の祓いは、よくないからお祓いを行ったので、大安吉日に行ったわけでは、ありませんので、ご安心を

ひな祭り

ひな祭り

ひな祭りの起源は、大昔で、源氏物語の須磨の巻などに上巳の節供についての描写があります。

そこには、等身大の藁で作った人像を船で流したお祓いの行事であることが、垣間見えます。

その後も高貴な方たちの由帷子を使ってのお祓いの話や、室町時代の撫で物使いの話など、八百万の神の国らしく、神様に、悪い事がないようのお願いするための贖物を用意する文化であったと考えられます。

同時に室町に入ると貴族の中でそれらひとがたを愛玩する文化(姫様たちのままごと)が始まりました。

このことによって、お雛さまは、段々立派なものとなり、毎年更新することが難しくなったと考えられます。

そこで、その無病息災への思いを叶えるため、屋敷に神様に来ていただこう、そのための工夫が、お家の中の聖域(結界)が赤い毛氈であり、床の間であったと考えられています。

江戸時代に入って身分制度が固まる中、大名や大商人といった人たちによって、お雛文化は、発展しました。

そういった人たちが、自分の娘や孫娘に自分より豊かに幸せになって欲しいと願う時、予祝の考え方が入ってきたように思います。

予祝とは、幸せは、急に来ないもの、お祝いを重ね待っていることでやっと来てくれるものだという考え方で、将来の幸せな結婚を祈念して、ひな飾りに赤ちゃんの身代わり(分身)であるお雛様が幸せな結婚をした状態で雛飾りにするようになったと考えられる。

だから、身分制度が固まった江戸時代では、自分より地位の高い人たちとの婚礼(究極は、将軍様か天皇陛下))となるのでしょうか、そういった三国一の花婿(立派な衣装を着せたお内裏様なる人形)を金屏風の前に(自分の娘、孫娘にお内裏様に釣合いのとれた衣装を着せたお雛様なる人形)分身と対で飾ることで将来の幸せも合わせてお願いするようになったと考えられる。

丁度皆さんが神社へ言って神頼みをする時、色々と一度にお願いする(日本人的思考)ように、せっかくお家に神様に来ていただいているのだから、色々な人形や道具に思いを託して、ひな飾りを作り、赤ちゃんの無事成長、将来の幸せなど考えられることを、お家に来ていただいた神様にお供え物をしお願いするお家の中だけの小さなお祭りであり、毎年その子のためにやってあげる身祝いとして続けていただいております。

Beginning of a Girl’s Festival, there is description about Jiyomi’s seasonal festival in Maki in Suma of the Tale of Genji in ancient times.

The thing which is an event of the purification ceremony let run by ship can have a glimpse of the person image made with life-sized straw there.

I can think it was the Bunka when shokumono of the purpose I’ll request which is so that there were also no things bad for God appropriate for a country of a god of eight million such as the fact that you’re conducting traditional ceremonies to expel evil spirits and an account of stroking thing usage in Muromachi era using people’s high way mail after that is prepared.

When I enter Muromachi at the same time, it’s in the aristocrat, that and others, the Bunka when a dummy is petted (a princess, playing house) has started.

Mr. chick can think it became difficult it was something wonderful and that it’s being renewed every year gradually by this thing.

So to grant expectation to the perfect state of health, it’s thought a sacred precinct in the house (boundary fence) was a red rug, and that the device for it which will have God come to the residence was an alcove.

While a class system hardens from the Edo Period, chick culture is developed by people such as daimyos and wealthy merchants.

When hoping that such people want their daughter and granddaughter to be more abundantly than oneself happily, I think a way of thinking of arakajimeshuku came in.

arakajimeshuku is something to which I don’t come suddenly and the way of thinking to which you come finally by piling up and waiting a celebration happily, and I can think Mr. chick who is baby’s scapegoat (alter ego) in a chick ornament prayed for future happy marriage, and started to make it a chick ornament in the state which got married happily.

So will a class system be a bridal with people more high-ranking than oneself (for an ultimate, generals or His Majesty the Emperor)) in the Edo Period which hardened, I can think such bridegroom unparalleled in the world (the doll Mr. Imperial Palace who put a wonderful costume on will be) to have come to request together with future happiness by displaying the (doll Mr. chick who put the costume the daughter and granddaughter could balance for Mr. Imperial Palace on will be in front of the gilt folding screen by branching and a pair.

When everyone says to a shrine and prays to God for help exactly, variously, together, please, (Japanese thought), like, because I have God come to the house hard, I make an offering to the God who entrusted expectation to various dolls and tools, made a chick ornament and had come baby’s safe growth and the case that future happiness is considered in a house, please, it’s small only in house, you’re deifying and you continue it as the personal celebration I’ll do for the child every year.

お雛さまは、誰が買う-2

お雛さまは、誰が買う-2

お雛さまは、誰が買うのが本当ですか?この質問最近多いように思いますので一言

結論から言えば、誰が買ってあげてもよいと思います。

まず、長年の慣習になっている、嫁方の実家について考えてみます。

日本の国は、農耕社会で、本家や分家、新家など、男子が家督を相続していく社会でした。

そこで、男方の実家は、家屋敷を準備してしまうわけですから、女方の実家は、お祝い事などの時の品物は、持っていく風習が出来上がったと考えられます。また逆に、お祝いの席などを男方で考えることで、バランスが取れた、品物の交換がされてきたように思います。昨今は、男女同権、夫婦共稼ぎ、各家族化が進み、男女とも公平に出費をする風潮が生まれてきたように思います。

品物は、どうであったか現在では、親元が、総て、セットでお買い求めになりますが、昔は、兄弟親せきなどが、分担して、一つのセットを買っていただいた時代もあったようです。つまり親元が、親王、兄弟が、官女親戚が五人囃子のようにして、生まれたお子さんの幸せをたくさん盛り込んでいただいたように聞いております。

現在で考えると、お子様の数が少ない、親戚の数も少ないとなると赤ちゃんにとってご両家とも血のつながりも、愛情も同様にお持ちのはずですから、若夫婦を通じて、気さくに話し合えれば一番いいと思います。ご両家で半分ずつ出し合って買ってあげようという結論が出れば、ご両家のご両親を含めた形でのお買い物もよいのかと思います。

東京からお買い物こられるお客様には、そのような事をお話しになっているお客様が見受けられるようになってきました。

本来赤ちゃんに愛情の深い人たちが赤ちゃんのために買って下さる品物です。それぞれの面子や思いもあるかと思いますが、できれば、穏やかで、前向きな相談ができれば一番良いように思います。

It’s true that who buys Mr. chick? I think there are a lot of these questions recently, so word

When saying from a conclusion, I think everyone may buy it for you.

First I’ll think about the wives’ parents’ home which becomes a long custom.

A Japanese country was agrarian society and a main branch, a branch family and Araya were the society by which the boy is inheriting a patrimony.

So because men’s parents’ home is the reason for which a homestead is prepared, women’s parents’ home can think a taken custom has been finished for the goods at time of the celebration. It’s to consider a congratulatory seat by men conversely also, and I think the well-balanced goods have been exchanged. Sex equality, conjugal working in double harness and each family-ization are developed in these days, and I think the trend the expenditure is made fair to which with men and women, too has been born.

A banker buys how the goods were by a set completely present, but a brother relative shares before, and there also seems to have been a time when you bought me one set. In other words, a banker is hearing a court lady relative did like subordinate dolls displayed at the Girls’ Festival, and that an Imperial prince and a brother had incorporate much happiness of your born child.

The connection which is also blood with both families for a baby when the child’s few relative is also few when he thinks present, affection, like, because you should have it, I think it’s best when it can be discussed frankly through a young couple. When the conclusion that I’ll share half with both families and buy it for you goes out, I think I’d also like shopping by the shape including the parents of both families.

The customer who can come shopping from Tokyo was becoming able to happen to see the customer speaking about such thing.

The goods affectionate people buy for a baby for a baby primarily. I think there are also the respective face and expectation, but if possible, it’s gentle and when you can consult positively, I think it’s best.

お雛様とお内裏様の左右のお話

お雛様とお内裏様の左右のお話

お雛様・お内裏様を左右どちらに置くかというのは、様々な考え方があります。

 

例えば、その時代の天皇さまと皇后さまの座り方に倣った並べ方です。

昔は一般的に、向かって右が高貴な方が座るという考え方をしていましたので、右がお内裏さま、左がお雛様とされていました。

ですが大正から昭和にかけて、西洋に合わせて並びが逆になりました。式典の際に向かって左に天皇さま、右に皇后さまが並ばれるようになり、雛人形の飾り方もそれに習って左にお内裏様、右にお雛様を飾ることになりました。

 

 

ここで吉貞人形では、明治以前と同じく「向かって右にお内裏様、左にお雛様」としています。

というのも、もともとの右に男、左に女という並びにはきちんと意味があって決められていたものだからです。

 

雛人形というのは、生まれたばかりの女の子の無病息災を願い守ってくれる結界としての役割を持っています。そのため、七段飾りの形ができあがるまでには、赤ちゃんを守るために中国の陰陽思想をはじめとした様々な試行錯誤がなされたと考えられます。

 

古代の中国からの陰陽思想では、世の中のあらゆる物事や宇宙の森羅万象を、対となる陰・陽の2つの要素で分類しました。

イメージを持ってもらいやすいように、下記の表をご覧ください。

陽:男、太陽、昼、光、夏、春、天、火、明、上昇、能動的

陰:女、月 、夜、陰、冬、秋、地、水、暗、下降、受動的

陰と陽というのは互いに補い合う関係を表します。どちらか一方が欠ければどちらも存在できません。

例えばこれは、生命としての男女の関係にも例えられます。古来より男性は陽、女性は陰としてのイメージが持たれてきました。そのためお内裏様は陽、お雛様は陰となります。

 

さらに古来、「君子南面す」といって、帝王は南を向いて座るものとされてきました。するとお内裏様から見て左手が東、右手が西、背後が北となります。

太陽が昇る東は陽、沈む西は陰と考えられますので、向かってお内裏様は右、お雛様は左に飾るのが自然な形となるのです。

(図も出します)

 

これらの工夫がお雛様の七段飾りに現れていますので、詳しくはこちらをご覧ください。(現代の名工ページへのリンクを貼る)

お雛様の由来

お雛様の由来

お雛様の歴史はどのように始まったのでしょうか。その答えは一つではありません。
長い時間をかけて、日本のいろいろな文化や季節の儀式などが合わさり変化しながら、
今のお雛様の慣習が作られてきました。

3月3日のひな祭りは「上巳(じょうみ)の節句」とも言われ、平安時代に始まりました。
貴族たちによって3月の最初の巳の日、つまり上巳の日に、女の子のための無病息災を祈願するお祓いがおこなわれていました。紙人形(ひとかた)や土、草、わらなどで作った人形にお供え物を添え、厄災を引き受けてくれるよう願いを込めて、川や海に流しました。この文化が次第に庶民にも浸透して、広く行われるようになったのです。農民の間では、農作物が無事育つように、人形(ひとかた)を撫でて穢れをうつし、水に流していました。
この上巳の節句は中国から伝わったもので、「桃花節(とうかのせつ)」とも言われました。ここから桃の節句とも呼ばれています。
もう一つのお雛様の由来に、「ひいな遊び」があります。紙やわらなどで作った男女の人形で、宮中の貴族の子どもたちがままごと遊びをしていたようです。平安時代に書かれていた源氏物語にも記述が出てきます。
この上巳の節句とひいな遊びが次第に合わさるようになり、今の形に近づいて行きました。

時代が進み、宮中で行われていた雛遊びは、京都から江戸へと伝わります。江戸の活気ある武家・町人文化の風俗の中で、人形作りは盛んになり雛市も開かれていました。
この江戸の豊かで比較的平和な時代に、立ち雛以外に座り雛が生まれるなど形が変化したり、色鮮やかな加工方法や技巧が考案されたりなど、お雛様の文化は職人たちの手によって華やかに変化していきました。

人形供養のお話

人形供養のお話

身代わり

お雛様は、赤ちゃんの災厄を身代わりに背負ってくれる、一人のお子様に一つの一生のお守りとして与えられるものです。
そのため、基本的にはお雛様を贈られた女の子が大人になり、結婚したあともいつまでも持ち続けていただけるものです。長く美しく飾れるように大切に保管してください。

お雛様を長い間出してあげられなかった時や、きれいにしてあげたい時などは、修理やリメイクが可能な人形店もございます。
人形供養に出される前に、もう一度飾ってみるのも良いのではないでしょうか。

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雛人形は誰が買う?

雛人形は誰が買う?

お母さんの実家から

一般的な慣習では、赤ちゃんのお母さんの実家から贈られてきました。
地域によっては父方の実家から贈ることもあります。

最近では、両家の実家が相談して折半することもあり、一概に誰が買うのが正しいとは言えません。
雛人形を買う人自体も、ご実家ではなく赤ちゃんの両親が探して購入するケースも増えてきています。
こういった慣習はそれぞれのご実家によってことなることが多いため、購入前によく相談してお打ち合わせいただくことが大切です。
お雛様を飾る一番の目的は、かわいい赤ちゃんの健やかな成長を願うことですので、柔軟な姿勢でご家族みなさんで協力して準備していただければと思います。

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雛人形のしまい方

雛人形のしまい方

長く美しい状態で楽しむためには、丁寧なしまい方が大切です。
雛人形はカビや虫食いに弱いので、湿気の多い雨の日や夜は避け、晴れた日の日中にしまいましょう。

お人形は持ち道具を外して、元の箱にもどします。

できれば手袋をしてや不敷布を使って手の脂がつかないようにします。柔らかいティッシュや筆等などでホコリを優しく払い、お顔や手を不識布などで、着物は布や紙で優しく包みます。
お人形を箱に詰め、固定するために隙間に丸めた薄紙などを軽く詰めます。

防虫剤は入れすぎると、お人形にシミや変色が起きることもあります。表示ラベルを良く見て、なるべくお人形専用の防虫剤を、一箱に1個として使いましょう。
桐やくすの木の箱などは、防虫剤の役割もするので収納におすすめです。

お人形は湿気に弱いので、箱に入れたらカビやサビが起きないよう、高い位置に収納すると良いでしょう。

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雛人形の飾る時期と祝い方

雛人形の飾る時期と祝い方

雛人形の飾り方は7段飾りや親王飾りなど、種類によって少しずつ異なります。
当店でお届けした際は、はじめに店の者が設置させていただいております。
飾る際に、箱からお人形やお道具箱を取り出す順に写真を撮っておくと、後の片付けが大変楽になります。
飾り方のパンフレットもお渡ししておりますので、そちらも参考にしていただき、もしわからない場合はお気軽にお問い合わせください。

飾る時期

立春(2月4日頃)を目安に、最低一週間以上前と考えていただければよいかと思います。
それよりも前に飾ればお雛様を鑑賞して楽しむ期間も長くなりますので、「この日に絶対に飾らなくてはいけない」と難しく考えなくて良いと思います。
雛祭りが済みましたら天気が数日続いた後(陰干しをして)に早めに片付けてください。
雛人形を飾る場所は、日当たりの良いところやお人形に直接温風があたる場所は、変色や変形等の原因となりますので避けましょう。

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祝い方

神様と人間の仲介物となるお雛様は、赤ちゃんの分身として赤ちゃんの代わりとなって厄災をひきうけてくれるための贖物(あがもの)や撫物(なでもの)のような役割と考えます。

誕生した赤ちゃんに思いの深い人たちが集まって、悪いことがないようにと願い食事会をする。
これがおひな祭りです。

おまつりの日(3月3日)の晩お風呂から出た後にでも身代わりに設えたお雛様を触らせて一年分の厄災をお人形に封じ込めてしまってくださいとお願いしてからおしまいになるようにしたらおまつりの意味が分かりやすくなるかと思います。

雛人形の選び方のポイント

雛人形の選び方のポイント

住宅事情と大きさ

お雛様を探される際に多くの方が意識されるのが「飾るスペース」と「収納」です。
スペースを優先してお雛様を選ばれてしまうというのはすこし寂しいものですが、今はアパートやマンション暮らしの方が増えましたので、段飾りから平飾りへと、お雛様の飾り方も変化してきました。

はじめは雛人形や道具を全てそろえられなくても、少しずつ増やしていくこともできますので、ぜひ暮らしの中で楽しく大切に飾れるお雛様を選んでください。

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主なお雛様の種類

・七段飾り

七段のひな壇の上に、雛人形を15人乗せる飾り方です。一番正統派といわれるものでお人形の種類・並べ方から小物・道具まで、一つ一つに赤ちゃんを守るための意味がこめられています。

・三段飾り

七段飾りよりもコンパクトな飾り方です。1段目に親王(殿と姫)、2段目には三人官女、そして3段目にお道具が並ぶことが多いです。2段目に五人囃子を並べるものや、2段飾り、5段飾りもあります。

・親王飾り

親王の2人と桜橘の花木、お道具などを飾る並べ方です。人形の大きさは様々です。

・収納飾り

最近生まれた飾り方で、お人形を飾る土台がそのまま収納用の箱になっています。お人形は親王のみのものから三人官女も入れたものまであります。お人形も一緒に収納するように作られているため、お人形の着物の裾が短くなっていることや小ぶりなものが多いのが特徴です。

お雛様のお顔

女の子のお人形ですので、お雛様のお顔も気にいるものをぜひ選んでみてください。

選び方は人それぞれです。その子の顔に似ているものであったり、こういう女性に育って欲しいという願いを込めたものであったり。飾る時に選んだ由来を、大きくなったお子さんと飾りながら語ってあげられると良いですね。

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衣裳

お雛様が着ている色鮮やかな着物は、平安時代の宮廷衣装です。

これは現在の雛人形の原型になった「古今雛」といわれる、江戸時代に流行した雛人形から来ているとされます。

お雛様は「裳唐衣(もからぎぬ)」(十二単の一番上に着るもののことです)、お内裏様は「束帯(そくたい)」という正装をしています。より本物の衣装に近い作りのものほど、手間と工夫がかかっています。

着物の布地は実際の着物と同じく高級なものが使われます。その時々の流行やお雛様のお顔立ちに合わせて、多種多様な着物がお雛様のお顔立ちに合わせて作られてきました。さながらファッションショーのようなお雛様の衣装の華やかさは、女の子のお祝いならではと言えます。

素材とつくり

一般的に雛人形は職人さんが一つ一つ作っているものと、

アルバイトやパートさん達による量産体制で作っているものとが広まっています。

前者と後者とでは、作りの丁寧さや造形の細かさ、使用する素材の部分に差が出てきます。

このような時間のかけ方と使用する素材で、お雛様の値段は変わると言えます。

当店の雛人形は、人と同じように見えにくい部分もお人形の体として丁寧に作り、できるだけ土に戻る素材を目指して製作しています*。

胴体は日本人の主食稲藁を、また手や足は練り物や木製品を標準として使用しています。

生地は一般品より多く使用して、ゆったりした形を意識して製作しています。

赤ちゃんのかわいらしい手で撫でてもらうお人形ですから、できるだけ柔らかな仕上がりを求め製作しております。

素材は、帯や、竜村、正絹、人形用の織物と様々な素材の品物を作っております。

*店頭での取り扱い商品の中には例外もございます

ホームページやカタログの写真では判りにくいかもしれませんが、店頭などでお雛様の作りが分かるポイントをいくつかご紹介します。

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襟や袖の部分

お雛様の手元の、着物の袖が重なる部分を見てください。袖を美しく見せるための処理は、職人さんによって様々な作りや布の使い方があります。丁寧なものは、外から内側の着物への色の淡い移り変わりが繊細で、袖の折れ曲がる部分も、より優雅に映えるように工夫が施されています。

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裾の部分

お雛様の着物の後ろの裾部分は、長くゆったりと広がっていましたが、飾る場所がコンパクトになるにつれて、短く切ってしまっているものもあります。

美しい色柄の布の重なる優雅さは、お雛様の見どころの一つですので、できれば本来の長さのものの方をおすすめします。

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手足

手の仕草は、お人形の雰囲気や意味を表現してくれますので、繊細なものほど指の一本一本の動きから作られています。お雛様以外の三人官女や五人囃子など動きのある人形の手を見てみてみると、その表現力の違いが分かりやすいです。

お雛様の足はお人形を裏返してみないと見えませんが、プラスチックの足があるだけのものや、ちゃんと足袋を履いているものがあります。足袋を履いているから良い、というようなことは一概には言えませんが、裏側や腕の下のなどは、職人さんのこだわりが見えて面白い部分のひとつです。